昼に入っても鬱蒼とした森だ。夜、それも月の欠けた日の森は薄暗く気味が悪い。こんな森でもイラニドロの領内なんだから驚きだ。

トゥイルは夜に現れると言われているらしい。でも何でもど忘れのロードと今存在を知ったばかりの俺で見つけられるなら、トゥイルの希少価値はせいぜいクルーガの牙ぐらいだろう。
そして何より問題なのは、俺もロードもトゥイルを見たことがないってことだ。
俺達だけじゃない。『アニティと涌き水の妖精』の作者ですら見たことがないんだとか。絵本のトゥイルも作者の想像画らしい。
…どうやって探すつもりだ?

「なぁ、何で俺には言うのにティリエには隠すんだ?」

限りなく不可能に近いこの宝探しに半ば飽きながら、俺はロードに尋ねる。
「前に話したら殴られた」
「え、何で」
「あいつは森の生き物を外に持ち出すことに物凄く反対するんだよ。涌き水を司るトゥイルを捕まるなんて何考えてるのよ!で一刀両断だ」
「成る程な」

とは言うものの、クルーガやラエブに対してはあんなに冷酷なティリエが、妖精には情けをかけるんだな。無駄な殺生はしたくないってのは聞いたことあるけど。
よし、ついでにもう一つ聞いてみよう。


「あのさ、さっきから思ってるんだけど」
「ん?」
「トゥイルって涌き水の妖精なんだよな」
「そうだな」
「じゃあ涌き水を探した方がいいんじゃないか?」


暫く間を開けてから、ロードは晴れやかな表情でぽんと手を叩いた。
こ、こいつ…。


「涌き水があるっぽい場所ならわかるぞ。村付近の森は俺達の遊び場だっからな」
「じゃあそこ行こうぜ。やたらめったら進んでも、クルーガにしか会えないだろ」
俺に頷くと、ロードはくるりと方向を変えた。うわ、引き返すのかよ。とんだむだ足だったな。

ところが後について行こうとした俺を、ロードはさっと手で遮った。

「ロード?」
「出てこい。クルーガちゃんか?」


道の向こうにむかって低い声で話し掛けるロード。俺には生い茂る木と通って来た道しか見えない。警戒を表すため、ロードはゆっくりとハーベストを抜いた。



「出てこいよ臆病犬。ぶった斬られたいならな」


「串刺しにされたくなかったら、おとなしく剣を下ろすのね」




木の陰から現れたのは、ウォーラを構えたティリエだった。視点を真っ直ぐ心臓に合わせられたロードは慌ててハーベストをしまった。セーフだ、危うく俺もシゼを抜くところだった。

ウォーラを担いだティリエは近寄って来ると、背伸びをしてロードの頭をひっぱたいた。
「痛っ!」
「本当に懲りないわねロード。私が気付かないとでも思ったの?あなたの足音なんてすぐにわかるのよ。全く、アルツもよくついてきたわね」
「誘われたら仕方ないだろ?」
「ノリ気だったぜアルツも」
ロードがちらりと俺を見た。
おいおい余計なこと言うなよ。ティリエの怒りがこっちに向くだろ。

ティリエは呆れを通り越して哀れむような目でロードを見る。
「トゥイルは心の純白な者にしか見えないのよ?あなた達が見つけようっていうなら手探りで星の砂を見つけるようなものだわ」
あぁ、今ならその例えもスッキリ理解できる。流石にロードも「まぁな」と答えていた。

「あなた達二人でいると、本当に何するか分からないわね。ロードは真っ直ぐ帰って。行きましょ、アルツ」
そう言うとティリエはもと来た道をずんずん進み始めた。俺は小走りで後を追う。

どうやら森には裏道があるらしい。ロードはじゃあなと笑みを見せてから、草村を横切って暗闇に消えていった。